東京高等裁判所 平成7年(行ケ)15号 判決 1996年11月27日
東京都文京区関口1丁目23番6号
プラザ江戸川橋808号室
原告
宮崎正弘
訴訟代理人弁理士
西澤利夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
大高 とし子
同
花岡明子
同
伊藤三男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成3年審判第7682号事件について、平成6年11月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和62年4月2日、名称を「食物の調理方法と高温保温調理装置」(後に「高温保温調理装置」と補正、以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭62-79791号)が、平成3年3月19日に拒絶査定を受けたので、同年4月15日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成3年審判第7682号事件として審理したうえ、平成6年11月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月19日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
被調理物と水を入れた調理鍋を加熱して沸とうさせ、被調理物の調理が末了状態で調理鍋を直ちに保温容器に収納して断熱保温によって調理する、加熱源を一体として持たない高温保温調理装置であって、この調理装置は、調理鍋と、保温容器および蓋体とからなり、保温容器は、調理鍋を収納する内囲体とその外囲体、およびその間の断熱部とを有し、蓋体は、調理鍋の開口部に装置される内蓋と、断熱部を備えて保温容器開口部を気密とする外蓋とからなり、調理鍋と内蓋との外囲には断熱空間が形成されて二重断熱が構成されていて、上記断熱部が断熱材によって構成されることを特徴とする高温保温調理装置。
3 審決の理由の要点
審決は、拒絶理由通知書記載の拒絶理由は妥当なものであると認められるので、本願は、この拒絶理由によって拒絶すべきであるとした。
同拒絶理由の要点は、本願発明は、本願出願前に国内において頒布された刊行物である特開昭57-189652号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」と、そこに記載されている調理装置を「引用例装置」という。)、実願昭54-163239号(実開昭56-4528号)のマイクロフィルム(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)及び特開昭54-85266号公報1頁右欄1~4行(以下「引用例3」という。)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというのであり、その理由は、別紙「拒絶理由」記載のとおりである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 取消事由1(引用例装置の認定の誤り、本願発明と引用例装置との一致点の認定の誤り)
審決の依拠する拒絶理由(以下、単に「審決」という。)は、引用例装置は、「加熱源を一体として持たない」高温保温調理装置であって、この点において本願発明と一致すると認定しているが、以下に述べるとおり誤りである。
引用例1(甲第5号証)の特許請求の範囲に記載された発明(引用例発明1)は、「種々の食品を水に入れて約100度Cまで加熱し更に0~3分間加熱した食品を広口の保温容器の中に手早く鍋ごと収納し保温蓋で密閉して所要時間だけ放置し、必要に応じ途中一定時間をおいて、1~2分間再加熱沸騰させて1~2回放置を繰り返すことを特徴とする保温放置調理方法」である。
すなわち、引用例発明1は、加熱し続けて調理する方法と違って、静かに必要時間放置することで、熱エネルギーの追加を必要とすることなく、形くずれもなく食品を調理する方法の発明である。
本願発明では、高温保温調理装置を構成する調理鍋、保温容器及び蓋体(内蓋と外蓋)のいずれにも、加熱調理用の加熱源(火元)はもとより、保温のための加熱源も一切持たないのに対し、引用例装置ではその点が明らかでなく、調理鍋を加熱する熱源(火元)を持たないことは分かるものの、保温容器や保温蓋に、加熱調理用のものでなく、保温のためのヒーター等の熱源を持つのか持たないのかは明らかでない。そして、この点は、両者の重大な相違点の一つであるから、これを看過し、本願発明と引用例装置とが「加熱源を一体として持たない」高温保温調理装置である点において一致するとした審決の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り、進歩性の判断の誤り)
(1) 相違点(イ)の判断の誤り
審決は、本願発明と引用例装置との相違点(イ)、すなわち、保温容器につき、「前者は、調理鍋を収納する内囲体とその外囲体及びその間の断熱部とを有し、該断熱部が断熱材によって構成されるのに対し、後者は、その点が明らかでない点」について、「保温容器とは、保温すべきものの温度をそのまま持続する容器である」と定義した上で、内容器を収納する内囲体とその外囲体及びその間の断熱部を有するようにしたものは、例えば実願昭58-4417号(実開昭59-111644号)のマイクロフィルム(甲第8号証)により本願出願前周知であり、そして、その断熱部を真空にするか断熱材にするかも共に引用例3(甲第7号証1頁右欄1~4行)に示されているように一般に知られているところであるから、本願発明においてこの点に格別のものを見いだすことはできないと判断している。
しかし、保温容器が保温すべきものの温度をそのまま持続する容器であるからといって、その保温のための手段が一切の保温加熱源を一体として持たないものと断定することはできない。引用例1には、本願発明のような一切の保温加熱源を一体として持たない保温容器が明示されていない以上、上記周知の保温容器や断熱材の手段を直ちに引用例装置に適用することが導かれることはない。
仮に、前示実願昭58-4417号(実開昭59-111644号)のマイクロフィルム(甲第8号証)によって、内囲体と外囲体及びその間の断熱部を持つ保温容器の構成が知られており、また、引用例3によって断熱部を断熱材によって構成することが知られているとしても、審決は、個々の公知手段を列挙するのみであり、これらの近似の手段を総体として組み合わせて引用例装置に適用しようとする着想の手がかり、根拠は、教示されていない。
すなわち、実願昭58-4417号(実開昭59-111644号)のマイクロフィルム(甲第8号証)記載の発明は、ランチジャーに関するものであって、ステンレス製筒体の二重壁の間を真空断熱したものであるが、この技術的手段を、高温保温調理のための装置に適用することの着想の手がかりはないし、実際に適用されうるのかどうかは、全く不明といえる。
また、引用例3には、保温容器についての二重壁構造とその間の真空あるいは断熱材の充填の一般知識が記載されているものの、引用例装置へのこれらの知識の適用により、本願発明のように一切の保温加熱源を持たないものとして、また、断熱部に断熱材を有する保温容器が高温保温調理装置として、実現されうるのかどうかも全く不明である。
(2) 相違点(ロ)の判断の誤り
審決は、本願発明と引用例装置との相違点(ロ)、すなわち、蓋体につき、「前者は、調理鍋の開口部に装置される内蓋と、断熱部を備えて保温容器開口部を気密とする外蓋とからなるのに対し、後者は、内蓋を有しているのか否か明らかでない点」について、「この種、加熱源を一体として持たない高温保温調理装置において、調理鍋の開口部に装着される内蓋を有したものは引用例2に記載されており、本願発明において、この点に格別の創意を要したものとはいえない」と判断している。
しかし、蓋体について、本願発明は、調理鍋の開口部に装置される内蓋と、断熱部を備えて保温容器開口部を気密とする外蓋とからなり、外蓋の断熱部は断熱材によって構成されているものである。
これに対し、引用例2(甲第6号証)には、内蓋と、絶縁容器及びこの絶縁容器が独立気泡プラスチックフォームで構成されることを示しているものの、高温保温調理装置において、保温容器が本願発明のように、調理鍋を収納する内囲体と外囲体及びその間の断熱材断熱部とからなる特有の構成を持たねばならないことは、全く教示していない。すなわち、引用例2には、保温容器について、断熱材のみによって構成されることと、この断熱材は、35~200KP/m2の容積重量と-30~+150℃の温度に安定な独立気泡プラスチックフォームで構成されていることが記載されているにすぎず、引用例発明2は、単に、調理鍋をその蓋を付けたまま、気泡プラスチックフォームで覆ってみたにすぎないものである。
上記のとおり、引用例装置の保温蓋が保温のための加熱源を持つのか持たないのかが全く不明であってみれば、引用例2記載の手段をこれに適用することの着想の手がかり、根拠は全くない。
なお、「保温調理」の技術的思想について付言すると、被告は、この思想について「保温」との差異等を実際的には何ら考慮していないが、引用例2が公開された昭和56年、そして引用例1が公開された昭和57年の段階では、「保温調理」は、調理方法としては考慮もされず、かえって疑問とされていたのが実情である。その理由は、実際の方法、装置としては技術的根拠に乏しいもので、未完成であったからである。
すなわち、引用例1は、「保温」ではなく、「保温放置調理」のための装置が備えるべき実際要件について教示しておらず、このことが引用例発明1の方法の実際を疑わしいものとしている。また、引用例2は、絶縁体として特殊なプラスチックフォームで鍋を覆うことを示しているが、この特性の根拠は不明であり、また、絶縁体により覆うだけの構成は、実際の装置として想定しにくく、このことが、引用例2の装置の実際を疑わしいものとしている。
したがって、引用例装置と引用例発明2を組み合わせて、本願発明のような構成に至ることは、当業者にとって容易であるとはいえない。
(3) 相違点(ハ)の判断の誤り
審決は、本願発明と引用例装置との相違点(ハ)、すなわち、「前者は、調理鍋と内蓋との外囲には、断熱空間が形成されるのに対し、後者では、その点が明らかでない点」について、「この種の高温保温調理装置において、調理鍋と内蓋との外囲には断熱空間が形成され二重断熱が構成されたものは引用例2(特に第4図、第5図)に示され、引用例装置に、このような断熱空間をとり入れ、より断熱効果を高めようとすることは、当業者において格別困難であるとはいえない」と断じている。
しかし、この点については、上記のとおり、引用例発明2は、保温容器が本願発明のように、調理鍋を収納する内囲体と外囲体及びその間の断熱材断熱部とからなる特有の構成を持たねばならないことは、全く教示していない以上、二重断熱について引用例装置への適用を示唆しえないことは明らかである。
(4) 進歩性の判断の誤り
審決は、本願発明と引用例装置との相違点は格別のものでないと判断しているが、上記のとおり、個々の点において判断を誤っているばかりでなく、本願発明の構成の個々の要件を組み合わせることによる着想の困難性及び作用効果の顕著性についても判断を誤っている。
すなわち、本願発明と引用例装置との相違点(イ)~(ハ)については、技術的手段としては引用例2、3及び周知例に個々の近似のものが示されているが、これらの近似の手段を総体として組み合わせて引用例装置に適用しようとする着想の手がかり、根拠は教示されていない。また、これらの近似の手段を総体として組み合わせることによる作用効果の顕著性も教示されていない。
そして、前記のとおり、引用例1には、「保温」でなく、「保温放置調理」のための装置に関する実際要件が何ら教示されておらず、「保温放置調理方法」そのものが再現性のある方法として把握できない以上、引用例装置に引用例2、3及び周知例記載の個々の技術を組み合わせても、本願発明を着想することは容易であるとはいえない。
他方、本願発明は、前記のとおりの特有の構成により、高温保温調理を、実際に実用装置としてはじめて可能としたもので、優れた省エネルギー性と、優れた食品調理性(形くずれしない、美味しい)を実現している。
さらに、本願発明の高温保温調理装置と極めて類似した商品(甲第9、第10号証)が、別の企業により本願出願の公開後に商品化され、販売されていることや、台湾における共同開発者による本願発明の商品化、企業化とその市場拡大に見られる商業的成功は、まさしく本願発明の奏する顕著な効果と進歩性を裏付けるものである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例発明1は、その特許請求の範囲記載の構成を採用することにより、従来のように加熱し続けて調理を行う方法と違って保温容器で放置した時間帯は熱エネルギーの追加を不要としたものである。また、引用例1の発明の詳細な説明中には、保温容器に熱源を備えていないことを前提とした使用方法、効果が記載されている(甲第5号証1頁左下欄12行~右下欄14行、2頁左上欄1~4行、同左上欄9~14行、同右上欄10~14行、同左下欄7~14行、同左下欄17~20行参照)。
したがって、引用例装置に一切の加熱源がないこと、すなわち、引用例装置が加熱源を一体として持たないものであることは明らかである。
2 取消事由2について
(1) 相違点(イ)について
引用例装置が加熱源を一体として持たないものであることは、上記のとおりであり、この点に関する原告の主張は失当である。
また、相違点(イ)について、実願昭58-4417号(実開昭59-111644号)のマイクロフィルム(甲第8号証)及び引用例3の記載から、引用例装置の保温容器として、調理鍋を収納する内囲体とその外囲体及びその間の断熱部とを有し、断熱部を断熱材によって構成したものを採用することは、当業者において格別困難であるということはできない。
(2) 相違点(ロ)について
引用例発明2は、煮沸温度に加熱された食品をそれ以上のエネルギーを供給することなく調理することのできる炊事付加装置を提供するものであり、加熱源を一体として持たない保温調理装置であることは一目瞭然である(甲第6号証明細書3頁6~20行、同4頁13~16行、同6頁2~5行参照)。
また、引用例2の図面第4図、第5図には、絶縁容器に空間を介して蓋付きの鍋が収納されたものが記載されており、調理鍋の開口部に、鍋蓋すなわち内蓋が装着されているのが示されている。
そうすると、引用例発明2は引用例装置と技術的に極めて近似のものということができ、引用例装置の鍋に、引用例発明2のように内蓋を適用することも、当業者において容易になしうる程度のことである。
(3) 相違点(ハ)について
上記のとおり、引用例発明2は、加熱源を一体として持たない保温調理装置であって、その図面第4図及び第5図には、鍋と内蓋との外囲には空間が形成されたものが示され、さらに、周知技術(甲第8号証)にも、内容器の外囲には空間が示され、このように空間があると、保温容器に加熱後の鍋を収納しやすい利便性があり、むしろ、空間を設けることは当業者が自然に考えることであるから、この点に格別の困難性があったものとはいえない。
(4) 進歩性の判断について
本願発明は、引用例1~3(甲第5~7号証)に記載された発明及び周知技術(甲第8号証)に基づいて容易に発明をすることができたものであり、相違点に関する前記各手段を総体として組み合わせることに着想の困難性があるものとはいえない。
仮に引用例装置が原告主張のように加熱源を一体として持つものであったとしても、本願発明は、引用例1~3に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。また、たとえ引用例1を除いたとしても、引用例発明2と引用例3及び周知技術を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものである。
また、本願発明のような二重断熱構造とすることにより原告主張の効果が得られることは予測しうる範囲のものであり、格別のものともいえない。
本願発明の保温調理装置が、企業化され、商業的に成功したからといって、商業的成功が、本願発明の技術的特徴に基づくものであるとの裏付けはなされていないから、原告の主張は失当である。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例装置の認定の誤り、本願発明と引用例装置との一致点の認定の誤り)について
引用例1(甲第5号証)には、以下の記載があることが認められる。
「火を止め、手早く広口の保温容器の中に鍋ごと入れて、保温蓋で密閉し、静かに放置する。この間蓋を開けないことが大切で、もし途中で開閉した時は煮えてない場合は、再び沸騰加熱すれば良い。」(同号証2頁左上欄1~4行)
「卵だけのゆで方は、水から卵を入れ、沸騰したらすぐ火を止めて、・・・沸騰までの燃料使用だけで、・・・済む。」(同頁右上欄10~14行)
「少くとも保温容器内で調理する時間必要とするエネルギー分だけ節約出来る。従って省エネ効果は極めて大きい。」(同頁左下欄7~9行)
「いろいろの食品を煮炊きする場合、静かに放置して調理が進行するため、煮くずれもなく、美しい煮上がりとなる。」(同頁左下欄10~12行)
「保温容器内で調理が進行する放置時間帯は火元がないので、火災の起きる心配もなく、」(同頁左下欄13~14行)
「災害時や非常時、電気やガスの使用が不可能な時でも、携帯コンロや炭、薪、練炭など限られた量しかない時でも最少の消費で最大の効果を得ることが出来る。」(同頁左下欄17~末行)
以上のとおり、引用例1には、従来のように加熱しつづけて調理を行う方法と違って、保温容器で放置した時間帯は熱エネルギーの追加を不必要とし、少なくとも保温容器内で調理する時間必要とするエネルギー分だけ節約できること、保温容器内での調理が進行する放置時間帯は火元がないこと等が記載されているところ、「保温容器内で調理する時間必要とするエネルギー分だけ節約できる」ということは、「保温容器内で調理する時間」は「全くエネルギーが補充されない」ということであり、「火元がない」ということは「熱源を持たない」ということであり、また、「電気やガスの使用が不可能なときでも」ということは「ヒータ等」が存在しないということであると解される。
そして、その特許請求の範囲に「必要に応じ途中一定時間をおいて、1~2分間再加熱沸騰させて1~2回放置を繰り返す」と記載され、上記のとおり、「もし途中で開閉した時は煮えてない場合は、再び沸騰加熱すれば良い」と記載されていることを考慮すると、引用例1には、保温容器に熱源を備えていないことを前提とした使用方法、効果が記載されているものと認めることができ、引用例装置の保温容器に、一切の加熱源がないこと、すなわち、引用例装置が加熱源を一体として持たないものであることは明らかである。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り、進歩性の判断の誤り)について
(1) 相違点(イ)の判断について
引用例装置が加熱源を一体として持たないものであることは上記のとおりであり、この点に関する原告の主張は失当である。
ところで、本願発明の要旨によれば、本願発明における「高温保温調理」とは、調理物と水を入れた調理鍋を加熱して沸騰させ、それを直ちに「保温容器」に収納し、断熱保温により調理を継続するものであるから、「保温容器」は沸騰させた「高温」の状態を保持する容器を意味することが明らかである。
実願昭58-4417号(実開昭59-111644号)のマイクロフィルム(甲第8号証)には、その実用新案登録請求の範囲に、「上部が開放された有底筒状のステンレス製筒体を二重壁にて構成し、この二重壁間を真空断熱したジヤー本体を設け、このジヤー本体内に汁容器、飯容器を収納してジヤー本体の上部開口に、この開口を覆う真空断熱した内部中空のステンレス製二重壁からなる蓋体を着脱自在に装着し、この蓋体の上部に菜容器を載置し、菜容器を囲むカバー体をジヤー本体の上部に着脱自在に装着したことを特徴とするランチジヤー。」(同号証明細書1頁5~13行)に係る考案が記載され、その効果として、「汁容器、飯容器内の汁、米飯等を長時間にわたつて温かく保ち、非常に保温効力に優れており」(同5頁15~16行)と記載されている。
また、引用例3には、「保温容器はその全体を二重壁構造とし、その内外壁間を真空にするか、またはそれらの間に断熱材料を充填して熱伝導を小さくし保温効果を与えているのが一般的である。」(甲第7号証1頁右下欄1~4行)との記載がある。
これらの記載によれば、上記マイクロフィルム記載の「ランチジャー」も、引用例3記載の一般的な「保温容器」も、共に容器中に収納したものを、断熱空間ないし断熱材を利用した断熱効果により保温するというものであるから、「保温容器」という観点からは、本願発明とは軌を一にするものであると認められる。そうすると、上記マイクロフィルム及び引用例3記載の構成よりなる「保温容器」を、引用例装置に週用するための着想の手がかりがあることは明らかである。
したがって、相違点(イ)について、上記マイクロフィルム及び引用例3の記載に基づき、引用例装置の保温容器として、調理鍋を収納する内囲体とその外囲体及びその間の断熱部とを有し、断熱部を断熱材によって構成したものを採用することは、当業者において格別困難であるということはできないから、この点に関する原告の主張は理由がない。
(2) 相違点(イ)の判断について
引用例2(甲第6号証)には、「本考案は煮沸温度まで加熱された食品を、それ以上のエネルギーを供給することなく調理できるようにした炊事付加装置乃至絶縁容器に関するものである。」(同号証明細書3頁2~5行)、「食品を鍋の中で煮沸温度に加熱し、次にレンジから取り外し、これを絶縁容器の下部に挿入し、この上に帽体部をかぶせ、食品を調理に必要な時間容器内に保持する。」(同6頁2~5行)と記載されており、その図面第4図及び第5図には、絶縁容器に空間を介して蓋付きの鍋が収納されたものが記載され、調理鍋の開口部に、鍋蓋すなわち内蓋が装着されているのが示されている。
これらの記載及び図面等からみて、その「絶縁容器」(保温容器)は、蓋である帽体部で気密とされ、かつ加熱源を一体として持たない保温調理装置であると認めることができる。
そうすると、引用例発明2の調理装置と引用例1記載の引用例装置とは、ともに加熱源を一体として持たない保温調理装置に関するもので、その技術分野が共通するものであることは明らかであるから、引用例2に記載の技術事項を、引用例1に記載の技術事項に適用することに、格別の困難性があるということはできず、引用例装置の鍋に、引用例発明2のような内蓋を適用するようにすることも、当業者において容易になしうる程度のことであるというべきである。
(3) 相違点(ハ)の判断について
引用例2の図面第4図及び第5図によれば、引用例発明2において、調理鍋と内蓋との外囲には断熱空間が形成され、二重断熱が構成されていることが認められる。
そして、上記のとおり、引用例2に記載の技術事項を、引用例1に記載の技術事項に適用することに、格別の困難性があるとはいえず、引用例装置において、調理鍋と内蓋との外囲には断熱空間が形成されるようにして断熱効果を高めようとすることは、当業者において容易になしうる程度のことであるということができる。
(4) 進歩性の判断について
原告は、引用例1には、「保温」でなく、「保温放置調理」のための装置に関する実際要件が何ら教示されておらず、「保温放置調理方法」そのものが再現性のある方法として把握できない旨主張し、本願明細書中にも同様の記載(甲第3号証明細書1頁末行~2頁9行)がある。
また、原告は、引用例2、3及び周知例に示される個々の近似の技術的手段を総体として組み合わせて、引用例装置に適用しようとする着想の手がかり、根拠は教示されていないし、これらを総体として組み合わせることによる作用効果の顕著性も教示されていないとも主張する。
しかし、本願発明が引用例発明1を前提とし、その着想を具体化しようとするものであることは、本願明細書の上記記載(同1頁末行~2頁9行)から明らかであるところ、引用例2、3及び周知例に示される公知ないし周知の技術的手段を組み合わせ、引用例装置に適用することに格別の困難性がないことは、前記説示に照らして明らかである。
また、原告の主張している本願発明の効果とは、「高温保温調理を、実際に実用装置としてはじめて可能としたもので、優れた省エネルギー性と、優れた食品調理性(形くずれしない、美味しい)を実現している。」というものであるが、優れた省エネルギー性と優れた食品調理性の実現という効果は、引用例1に、「(1)少くとも保温容器内で調理する時間必要とするエネルギー分だけ節約出来る。従って省エネ効果は極めて大きい。(2)いろいろの食品を煮炊きする場合、静かに放置して調理が進行するため、煮くずれもなく、美しい煮上がりとなる。」(甲第5号証2頁左下欄7~12行)と記載されているように、本願発明に特有のものということはできない。また、本願発明の構成は、前示のとおり、引用例装置に引用例2、3及び周知例に示される公知ないし周知の技術的手段を組み合わせれば容易に想到できるものであるから、高温保温調理を実際に実用装置としてはじめて可能としたとの効果も、この構成により当然に達成できる効果として、格別のものということはできない。
さらに、仮に、原告主張のとおり、本願発明の保温調理装置が企業化され、商業的に成功した事実が存在するとしても、企業化あるいは商業的成功と、本願発明が引用例1~3に記載された発明及び周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かとは、直接関係はないというべきである。
よって、取消事由2も理由がない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)
別紙
拒絶理由
1 引用例1には、被調理鍋を加熱して沸とうさせ、被調理物の調理が未了状態で調理鍋を直ちに保温容器に収納して断熱保温によって調理する、加熱源を一体として持たない高温保温調理装置(引用例装置)であって、この調理装置は、調理鍋、保温容器および蓋体とからなる点が記載され、蓋体については、保温蓋で密閉すると記載されている。
本願発明と引用例装置とを比較すると、(イ)保温容器につき、前者は、調理鍋を収納する内囲体とその外囲体、およびその間の断熱部とを有し、該断熱部が断熱材によって構成されるのに対し、後者は、その点が明らかでない点、(ロ)蓋体につき、前者は、調理鍋の開口部に装置される内蓋と、断熱部を備えて保温容器開口部を気密とする外蓋とからなるのに対し、後者は、内蓋を有しているのか否か明らかでない点、(ハ)前者は、調理鍋と内蓋との外囲には、断熱空間が形成されるのに対し、後者では、その点が明らかでない点で相違し、その余の点では、一致しているものと認められる。
2 相違点(イ)について
保温容器とは、保温すべきものの温度をそのまま持続する容器であり、内容器を収納する内囲体とその外囲体およびその間の断熱部を有するようにしたものは、本願出願前周知であり〔たとえば、実願昭58-4417号(実開昭59-111644号)のマイクロフィルム〕、そして、その断熱部を真空にするか断熱材にするかも共に引用例3に示されているように一般に知られているところであるから、本願発明において、この点に格別のものを見出すことはできない。
3 相違点(ロ)について
この種、加熱源を一体として持たない高温保温調理装置において、調理鍋の開口部に装着される内蓋を有したものは引用例2に記載されており、本願発明において、この点に格別の創意を要したものとはいえない。
4 相違点(ハ)について
この種の高温保温調理装置において、調理鍋と内蓋との外囲には断熱空間が形成され二重断熱が構成されたものは引用例2(特に第4図、第5図)に示され、引用例装置にこのような断熱空間をとり入れ、より断熱効果を高めようとすることは、当業者において格別困難であるとはいえない。